ロシア文学がたった5分で理解できる!ロシア文学の歴史

ロシア文学が好きで、いつかロシア語で読んでみたいと思っている方もこのサイトを訪問しているのではないでしょうか。そこでロシア文学についての一般的なお話をここでまとめておきたいと思います。

ロシア文学の特徴は一言で言えば、「キリスト教的ヒューマニズム」であるといいます。ロシアの文学ほどその時々の社会的・政治的問題を強烈に反映している文学はほかに例を見ないほどですが、10世紀末のギリシア正教の国教化以降、キリスト教に培われた真摯なヒューマニズムが、その時々の現実への強い関心と並んで、今日に至るまでロシア文学のユニークな伝統として生きつづけているというのです。

ロシアはビザンティン帝国(東ローマ帝国)からキリスト教を取り入れるのと同時にギリシア語の強い影響を受けた教会スラブ語を文語として受け入れました。このことはラテン語とカトリックで統一された、いわゆる'ラテン的中世'と異質の文化を生むもととなります。東ローマ帝国経由でギリシア正教を受け継いだことは、古典ギリシアの「善と美の一致」というギリシア的イデオロギーがロシアにもたらされる原因となりました。道徳的美しさの理想というトルストイやドストエフスキーの文学の特徴はここに起源があるといわれています。

西ヨーロッパとは異なり、ギリシア正教を国教としましたが、当時のロシアと西欧との間には深い人的・文化的つながりがありました。
それが一時期断絶するのが13世紀半ばからのモンゴルによる支配です。これによって西欧のルネサンス、宗教改革から切り離され、ロシアの地域は中世文化を色濃く温存した形で18世紀を迎えたのです。中世文化はきわめて農民文化・民衆文化の色彩が濃厚で、例えばゴーゴリの作品のなかに見事に反映されていますね。ロシア文学がどこか土の香りがするのはこうした理由によるのです。

この中世文化の影響を受けたロシアの文学は、西欧で文学が隆盛するとその影響を少しずつ受け始めます。そのようにして今日言うロシア文学の原型が出来上がります。

ロシア文学、特に小説の黄金時代はやがて、皇帝アレクサンドル2世の治世期間(1855-81)に到来します。ツルゲーネフの「ルージン」(1856)にはじまり、ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」(1879-80)で終わり、ツルゲーネフとドストエフスキーの死、トルストイの文学放棄宣言という劇的事件によってしめくくられる時代がロシア小説の黄金時代です。

ロシア文学に親しんだことのある人もそうでない人も、こんなロシア文学の歴史を頭に少し置いて読んでみると別の味わい方が出来るかも知れませんね。

サブコンテンツ

このページの先頭へ